こんにちは。

 「基礎歴史ブログ」運営者、しんです。

 私は、大学時代3年間一斉授業・個別指導授業を担当し、担当した生徒の成績を最大30点あげた実績があります。

 私は大学3年の時、1か月間ベルリン(ドイツ)にあるゲーテインスティテュートにドイツ語の語学研修に行った経験もあります。

 今回は、「明治時代の制度を押さえる」について話して行きます。

基礎歴史ブログ4

授業をしている講師「前回は、1868年~1871年まで(明治時代の太政大臣以前)の制度を押さえるについて話しました。1868年~1871年まで(明治時代の太政大臣以前)の制度は、何があったかな

授業を受けている生徒「1868年~1871年までの制度は、8個あった。1つ目は、1868年3月、公議世論の尊重と開国和親など新政府の国策の基本を示し、天皇が、公卿・諸侯・もろもろの官を率いて神々に誓約する形式をとって天皇親政を強調するために出された五箇条の御誓文。2つ目は、政府は、王政復古による祭政一致の立場から古代以来の神仏習合を禁じ、神道を国教とする方針を打ち出した神仏分離令。3つ目は、1868年、全国の民衆に向けて、君臣・父子・夫婦間の儒教的道徳を説いた。また徒党・強訴・キリスト教を改めて厳禁にし、旧幕府の対民衆政策をそのまま引き継いだ五榜の掲示。4つ目は、1868年9月、明治と改元し、天皇一代に元号を一つとした一世一元制。5つ目は、1870年、天皇に神格を与え、神道を国教と定めて、日本(大日本帝国)を祭政一致の国家とする国家方針を示した大教宣布の詔。6つ目は、1871年、前島密の建議によって、飛脚に代わる官営の郵便制度。7つ目は、1871年、金本位制を建前とする新貨条例。8つ目は、1871年7月、明治政府がそれまでの藩を廃止して地方統治を中央管下の府と県に一元化した廃藩置県

授業をしている講師「そうだよね。例えば、明治時代以前から一世一元制だったと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「一世一元制とは、天皇一代に元号を一つとすること。天皇一代に元号を一つにすることは、1868年9月、明治と改元したことで始まった。なので、正解は、

授業をしている講師「そうだよね。例えば、政府は、神仏分離令を出したことで、王政復古による祭政一致の立場から古代以来の1⃣を禁じ、2⃣を国教とする方針を打ち出した。1⃣2⃣を埋めなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「政府は、神仏分離令を出し、打ち出したのは、王政復古による祭政一致の立場から古代以来の神仏習合を禁じ、神道を国教とする方針。なので、正解は、1⃣は、神仏習合・2⃣は、神道



授業をしている講師「正解。今回は、1871年~1885年まで(明治時代の太政大臣の時代)の制度について話します。1871年~1885年までの制度は、何か分かるかな

授業を受けている生徒「1871年~1885年までの制度は、15個ある。1つ目は、1872年、明治維新政府が出した日本の近代教育制度に関する最初の基本法令の学制。2つ目は、1872年、渋沢栄一を中心とし、発行する銀行券の正貨兌換を義務付けた国立銀行条例。3つ目は、1872年、古代の兵制を援用し、四民平等の原則に基づくことを強調した徴兵告諭。4つ目は、1873年1月、国民皆兵を原則とした徴兵令。5つ目は、1872年、華族・士族・平民という新たな族籍に基づく統一的な戸籍編成を行った壬申戸籍。6つ目は、1873年、課税の基準を不安定な収穫高から一定した地価に変更する・旧来の石高制に基づく物納から金納に改める・地券所有者を地租納税者とすることが定められた地租改正条例。7つ目は、1874年、明治政府が北海道の開拓と北方警備を主な目的とし、兵農両面を担う人員を北海道の各地に組織的・計画的に移住・配備していくことを内容とした屯田兵制度。8つ目は、1875年6月、政府は、民権運動家たちが、新聞や雑誌で活発に政府を攻撃したので、言論・出版を取り締まるために出した讒謗律・新聞紙条例。9つ目は、1876年、全ての受給者に年間支給額の5~14年分の額の金禄公債証書を与え、秩禄を全廃した秩禄処分。10個目は、1876年、大礼服着用の場合と軍人・警察・官吏などが制服を着用している場合を除き、帯刀が禁止された廃刀令。11個目は、1879年、日本政府は、琉球藩及び琉球王国の廃止と沖縄県の設置を強行した琉球処分。12個目は、1879年、全国画一の学区制を廃止し、町村を小学校設置単位とした。また小学校の管理も地方に移管し、就学義務を大幅に緩和した教育令。13個目は、1881年、政府は、大隈重信を世論の動きと関係があると判断し、罷免した。また欽定憲法制定の基本方針を決定した国会開設の勅諭。14個目は、1885年、銀兌換の銀行券を発行した銀本位制度。15個目は、1885年、各省の長官は国務大臣として自省の任務に関して天皇に直接責任を負うだけはなく、国政全体に関しても総理大臣のもとに閣議の一員として直接参画することになった内閣制度かな

授業をしている講師「残念ながら、学制・国立銀行条例・徴兵告諭・徴兵令・壬申戸籍・地租改正条例・屯田兵制度・讒謗律・新聞紙条例・秩禄処分・廃刀令・琉球処分・教育令・国会開設の勅諭・銀本位制度・内閣制度以外に5つある。1つ目は、1873年、政府は、希望者に対し、秩禄の支給を止める代わりに一時金を支給することを定めた秩禄奉還の法。2つ目は、1878年、郡区町村編成法・府県会規則・地方税規則の地方三新法。3つ目は、1880年4月、政社の活動を制限した集会条例。4つ目は、1884年、華族の範囲を広げ、旧上層公家・大名以外からも国家に貢献した者が家族になれるとした。また将来の上院(貴族院)の土台を作った華族令。5つ目は、1887年、政府は、多くの在京の民権派を東京から追放するために公布した保安条例

授業を受けている生徒「なるほど」

授業をしている講師どうして国立銀行条例が出されたのかな

授業を受けている生徒「国立銀行条例が出された理由は、政府は、商人・地主など民間の力で金貨と交換できる兌換銀行券を発行させようとしたからかな

授業をしている講師「そうだよね。学制・徴兵令の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「学制・徴兵令の結果、血税一揆が起こった



授業をしている講師「そうだよね。徴兵令の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「徴兵令の結果、士族・平民の別なく、満20歳に達した男性から選抜して3年間の兵役に服させる統一的な兵制が立てられた

授業をしている講師「そうだよね。壬申戸籍の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「壬申戸籍の結果、男女の差別はあったが、同じ義務を持つ国民が形成された

授業をしている講師「そうだよね。秩禄奉還の法・秩禄処分・廃刀令の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「秩禄奉還の法・秩禄処分・廃刀令の結果、士族の主な特権が奪われた

授業をしている講師「そうだよね。地租改正条例の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「地租改正条例の結果、地租改正は、従来の年貢による収入を減らさない方針で進められていた。従来の年貢による収入を減らさない方針で進められていた結果、農民は、負担の軽減を求め、各地で地租改正反対の一揆を起こした。農民が、負担の軽減を求め、各地で地租改正反対の一揆を起こした結果、1877年、地租の税率が2.5%に引き下げられた

授業をしている講師「そうだよね。どうして集会条例が出されたのかな

授業を受けている生徒「集会条例が出された理由は、1880年3月、国会期成同盟が結成され、同盟参加の各地の政社の代表が署名した天皇宛ての国会開設請願書を太政官・元老院に提出しようとしたからかな

授業をしている講師「そうだよね。保安条例の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「保安条例の結果、1889年の憲法発布によって政党再建に向かっていった

授業をしている講師「そうだよね。例えば、1872年、明治維新政府は、日本の近代教育制度に関する最初の基本法令の1⃣を出した。同年、古代の兵制を援用し、四民平等の原則に基づくことを強調した2⃣を出し、1873年1月、国民皆兵を原則とした3⃣を出した。3⃣の結果、士族・平民の別なく、満20歳に達した男性から選抜して3年間の兵役に服させる統一的な兵制が立てられた。1⃣・3⃣の結果、1873年、多くの農民が4⃣を起こした。1⃣から4⃣を埋めなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「1872年、明治維新政府が出した、日本の近代教育制度に関する最初の基本法令は、学制。なので、1⃣は、学制。1872年、古代の兵制を援用し、四民平等の原則に基づくことを強調し出されたのは、徴兵告諭。なので、2⃣は、徴兵告諭。1873年1月、国民皆兵を原則とし、結果、士族・平民の別なく、満20歳に達した男性から選抜して3年間の兵役に服させる統一的な兵制が立てられたのは、徴兵令。なので、3⃣は、徴兵令。学制・徴兵令の結果、1873年、多くの農民が起こしたのは、血税一揆。なので、4⃣は、血税一揆。正解は、1⃣は、学制・2⃣は、徴兵告諭・3⃣は、徴兵令・4⃣は、血税一揆

授業をしている講師「正解。今回は、明治時代の制度を押さえるについて話しました。次回は、明治時代の制度を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<1871年~1885年まで(明治時代の太政大臣の時代)の制度について>
壬申戸籍→1872年、華族・士族・平民という新たな族籍に基づく統一的な戸籍編成を行った
男女の差別はあったが、同じ義務を持つ国民が形成された

学制→1872年、明治維新政府が出した日本の近代教育制度に関する最初の基本法令
血税一揆が起こった

国立銀行条例→1872年、渋沢栄一を中心とし、発行する銀行券の正貨兌換を義務付けた

徴兵告諭→1872年、古代の兵制を援用し、四民平等の原則に基づくことを強調した

徴兵令→1873年1月、国民皆兵を原則とした
士族・平民の別なく、満20歳に達した男性から選抜して3年間の兵役に服させる統一的な兵制が立てられた
血税一揆が起こった

地租改正条例→1873年、課税の基準を不安定な収穫高から一定した地価に変更する・旧来の石高制に基づく物納から金納に改める・地券所有者を地租納税者とすることが定められた
従来の年貢による収入を減らさない方針で進められていた
従来の年貢による収入を減らさない方針で進められていた結果、農民は、負担の軽減を求め、各地で地租改正反対の一揆を起こした
農民が、負担の軽減を求め、各地で地租改正反対の一揆を起こした結果、1877年、地租の税率が2.5%に引き下げられた

秩禄奉還の法→1873年、政府は、希望者に対し、秩禄の支給を止める代わりに一時金を支給することを定めた
士族の主な特権が奪われた

屯田兵制度→1874年、明治政府が北海道の開拓と北方警備を主な目的とし、兵農両面を担う人員を北海道の各地に組織的・計画的に移住・配備していくことを内容とした

讒謗律・新聞紙条例→1875年6月、政府は、民権運動家たちが、新聞や雑誌で活発に政府を攻撃したので、言論・出版を取り締まるために出した

秩禄処分→1876年、全ての受給者に年間支給額の5~14年分の額の金禄公債証書を与え、秩禄を全廃した
士族の主な特権が奪われた

廃刀令→1876年、大礼服着用の場合と軍人・警察・官吏などが制服を着用している場合を除き、帯刀が禁止された
士族の主な特権が奪われた

地方三新法→1878年、郡区町村編成法・府県会規則・地方税規則

琉球処分→1879年、日本政府は、琉球藩及び琉球王国の廃止と沖縄県の設置を強行した

教育令→1879年、全国画一の学区制を廃止し、町村を小学校設置単位とした。また小学校の管理も地方に移管し、就学義務を大幅に緩和した

集会条例→1880年4月、政社の活動を制限した

国会開設の勅諭→1881年、政府は、大隈重信を世論の動きと関係があると判断し、罷免した。また欽定憲法制定の基本方針を決定した

華族令→1884年、華族の範囲を広げ、旧上層公家・大名以外からも国家に貢献した者が家族になれるとした。また将来の上院(貴族院)の土台を作った

銀本位制度→1885年、銀兌換の銀行券を発行した

内閣制度→1885年、各省の長官は国務大臣として自省の任務に関して天皇に直接責任を負うだけはなく、国政全体に関しても総理大臣のもとに閣議の一員として直接参画することになった

保安条例→1887年、政府は、多くの在京の民権派を東京から追放するために公布した
1889年の憲法発布によって政党再建に向かっていった

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