こんにちは。

 「基礎歴史ブログ」運営者、しんです。

 私は、大学時代3年間一斉授業・個別指導授業を担当し、担当した生徒の成績を最大30点あげた実績があります。

 私は大学3年の時、1か月間ベルリン(ドイツ)にあるゲーテインスティテュートにドイツ語の語学研修に行った経験もあります。

 今回は、「明治時代の制度を押さえる」について話して行きます。

基礎歴史ブログ4

授業をしている講師「前回は、江戸時代の制度を押さえるについて話しました。江戸時代の制度は、何があったかな

授業を受けている生徒「江戸時代の制度は、23個あった。1つ目は、1612年、直轄領にある宗教(特にキリスト教)を信仰し布教したりすることを禁じた禁教令。2つ目は、1615年、大名の居城を1つに限った一国一城令。3つ目は、1615年、徳川家康は、朝廷運営の基準を明示した禁中並公家諸法度。4つ目は、1615年、建武式目・分国法などを基に作成し、徳川家康が、徳川秀忠の名で発布した武家諸法度。5つ目は、1635年、徳川家光が、諸大名に法度の遵守を厳命した新たな武家諸法度の寛永令。6つ目は、1643年、年貢・諸役の徴収を確実にするために出された田畑永代売買の禁止令。7目は、1665年、仏教の諸宗派・寺院・僧侶の統制を目的として出された寺院法度。8つ目は、1665年、宗派をこえて仏教寺院の僧侶全体を共通に統制するために出した諸宗寺院法度。9つ目は、1665年、公家の吉田家を本所として統制するため、神社・神職に対し、出された諸社禰宜神主法度。10個目は、1673年、分割相続による田畑の細分化を防ぐために出された分地制限令。11個目は、1684年、近親者に死者はあった時、喪に服したり忌引をする日数を定めた服忌令。12個目は、1685年、徳川綱吉は、生類全ての殺生を禁じた生類憐みの令。12個目は、1715年、貿易額を制限した海舶互市新例(長崎新令・正徳新令)。13個目は、1719年、続発する金銀貸借についての争い(金公事)を幕府に訴えさせず、当事者間で解決する相対済し令。14個目は、1742年、判例に基づく合理的な司法判断を進めた公事方御定書。15個目は、1789年、松平定信は、改革政治を進める幕府役人・幕領代官などを担う旗本・御家人たちの生活安定をさせるために出された棄損令。16個目は、1790年、正業を持たない者に資金を与え、農村に帰ることを奨励した旧里帰農令。17個目は、1790年、幕府が、運営する聖堂学問所(昌平坂学問所)においては、朱子学だけを正しい学問として教えることにし、その他の学派は、異学と位置づけ、教えることを禁じた寛政異学の禁。18個目は、 1790年、風俗に悪影響を与えるもの・噂話を盛り込んだ本を貸し出すことを禁止した出版統制令。19個目は、1825年、外国船を撃退するように命じた異国船打払令(無二念打払令)。20個目は、1843年、百姓の出稼ぎを禁じ、江戸に流入した貧民の帰郷を強制する人返しの法。21個目は、1843年、水野忠邦は、従来分散していた幕府直轄領(天領)を江戸城・大坂城の最寄りに集中することを定め、幕府の権力を強化しようとした上知令。22個目は、1842年、漂着した外国船には、薪・水・食料を与えるとした天保の薪水給与令。23個目は、1860年、生糸・水油などの品をは、必ず江戸の問屋を得て輸出するように定めた五品江戸廻送令

授業をしている講師「そうだよね。例えば、江戸時代になり、信仰・学問・出版についての規制が出された。信仰については、1612年、直轄領にある宗教(特に1⃣)を信仰し布教したりすることを禁じた2⃣が出された。学問については、1790年、幕府が、運営する聖堂学問所(3⃣)においては、4⃣だけを正しい学問として教えることにし、その他の学派は、異学と位置づけ、教えることを禁じた5⃣が出された。。出版については、1790年、風俗に悪影響を与えるもの・噂話を盛り込んだ本を貸し出すことを禁止した6⃣が出された。1⃣から6⃣を埋めなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「1612年、直轄領にある宗教の中で、特に信仰し布教することを禁止されたのは、キリスト教。なので、1⃣は、キリスト教。1612年、直轄領にある宗教(特にキリスト教)を信仰し布教したりすることを禁じた禁教令が出された。なので、2⃣は、禁教令。幕府が、運営する聖堂学問所のことを昌平坂学問所と言う。なので、3⃣は、昌平坂学問所。1790年、幕府が、運営する聖堂学問所(昌平坂学問所)においては、朱子学だけを正しい学問として教えることにし、その他の学派は、異学と位置づけ、教えることを禁じた寛政異学の禁が出された。なので、4⃣は、朱子学。5⃣は、寛政異学の禁。1790年、風俗に悪影響を与えるもの・噂話を盛り込んだ本を貸し出すことを禁止した出版統制令が出された。なので、6⃣は、出版統制令。正解は、1⃣は、キリスト教・2⃣は、禁教令・3⃣は、昌平坂学問所・4⃣は、朱子学・5⃣は、寛政異学の禁・6⃣は、出版統制令



授業をしている講師「正解。例えば、戦国時代、家臣相互の紛争を自分たちの実力による喧嘩で解決することを禁止し、全ての紛争を大名による裁判に委ねさせ、領国の平和を実現することにした喧嘩両成敗法が出された。時代が変わり、江戸時代は、1719年、続発する金銀貸借についての争い(金公事)を幕府に訴えさせず、当事者間で解決する相対済し令が出され、1742年、判例に基づく合理的な司法判断を進めた公事方御定書が出されたと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「戦国時代、家臣相互の紛争を自分たちの実力による喧嘩で解決することを禁止し、全ての紛争を大名による裁判に委ねさせ、領国の平和を実現することにした喧嘩両成敗法が出された。なので、戦国時代の内容は、。1719年、続発する金銀貸借についての争い(金公事)を幕府に訴えさせず、当事者間で解決する相対済し令が出された。また1742年、判例に基づく合理的な司法判断を進めた公事方御定書が出された。なので、江戸時代の内容も。正解は、



授業をしている講師「正解。今回は、明治時代の制度を押さえるについて話します。明治時代の始まりと終わりは、何年だったかな

授業を受けている生徒「明治時代の始まりと終わりは、1868〜1912年



授業をしている講師「そうだよね。今回だけで明治時代の制度を勉強した場合、日本史を勉強することが嫌になる。なので、今回は、明治時代の太政大臣以前の時代の制度について勉強することにする。明治時代の太政大臣は、誰だったかな

授業を受けている生徒「明治時代の太政大臣は、三条実美



授業をしている講師「そうだよね。三条実美は、何年から何年まで在任したかな

授業を受けている生徒「三条実美は、1871年~1885年まで在任した

授業をしている講師「なので、今回は、1868年~1871年までの制度を押さえる」

授業を受けている生徒「はい」

授業をしている講師1868年~1871年までの制度は、何か分かるかな

授業を受けている生徒「1868年~1871年までの制度は、8個ある。1つ目は、1868年3月、公議世論の尊重と開国和親など新政府の国策の基本を示し、天皇が、公卿・諸侯・もろもろの官を率いて神々に誓約する形式をとって天皇親政を強調するために出された五箇条の御誓文。2つ目は、政府は、王政復古による祭政一致の立場から古代以来の神仏習合を禁じ、神道を国教とする方針を打ち出した神仏分離令。3つ目は、1868年、全国の民衆に向けて、君臣・父子・夫婦間の儒教的道徳を説いた。また徒党・強訴・キリスト教を改めて厳禁にし、旧幕府の対民衆政策をそのまま引き継いだ五榜の掲示。4つ目は、1868年9月、明治と改元し、天皇一代に元号を一つとした一世一元制。5つ目は、1870年、天皇に神格を与え、神道を国教と定めて、日本(大日本帝国)を祭政一致の国家とする国家方針を示した大教宣布の詔。6つ目は、1871年、前島密の建議によって、飛脚に代わる官営の郵便制度。7つ目は、1871年、金本位制を建前とする新貨条例。8つ目は、1871年7月、明治政府がそれまでの藩を廃止して地方統治を中央管下の府と県に一元化した廃藩置県かな

授業をしている講師「そうだよね。廃藩置県の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「廃藩置県の結果、中央政府が派遣する府知事・県令が地方行政に当たった。府知事・県令が地方行政に当たった結果、国内の政治統一が完成した

授業をしている講師「そうだよね。新貨条例の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「新貨条例の結果、十進法を採用し、円・銭・厘を単位とする新硬貨を作った。しかし、実際には、開港場では、銀貨が、国内では、紙幣が主に使用されていた

授業をしている講師「そうだよね。例えば、1871年7月、明治政府がそれまでの藩を廃止して地方統治を中央管下の府と県に一元化した廃藩置県が行われた。廃藩置県が行われた後も旧大名である知藩事が、地方行政に当たったと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「廃藩置県の結果、中央政府が派遣する府知事・県令が地方行政に当たった。なので、正解は、

授業をしている講師「正解。今回は、明治時代の制度を押さえるについて話しました。次回は、明治時代の制度を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<明治時代の太政大臣以前の時代(1868年~1871年)までの制度について>
五箇条の御誓文→1868年3月、公議世論の尊重と開国和親など新政府の国策の基本を示し、天皇が、公卿・諸侯・もろもろの官を率いて神々に誓約する形式をとって天皇親政を強調するために出された

神仏分離令→政府は、王政復古による祭政一致の立場から古代以来の神仏習合を禁じ、神道を国教とする方針を打ち出した

五榜の掲示→1868年、全国の民衆に向けて、君臣・父子・夫婦間の儒教的道徳を説いた。また徒党・強訴・キリスト教を改めて厳禁にし、旧幕府の対民衆政策をそのまま引き継いだ

一世一元制→1868年9月、明治と改元し、天皇一代に元号を一つとした

大教宣布の詔→1870年、天皇に神格を与え、神道を国教と定めて、日本(大日本帝国)を祭政一致の国家とする国家方針を示した

官営の郵便制度→1871年、前島密の建議によって、飛脚に代わる

新貨条例→1871年、金本位制を建前とする
十進法を採用し、円・銭・厘を単位とする新硬貨を作った
実際には、開港場では、銀貨が、国内では、紙幣が主に使用されていた

廃藩置県→1871年7月、明治政府がそれまでの藩を廃止して地方統治を中央管下の府と県に一元化した
中央政府が派遣する府知事・県令が地方行政に当たった
府知事・県令が地方行政に当たった結果、国内の政治統一が完成した

基礎歴史ブログ3