生徒の成績を最大30点上げたオンライン講師の基礎歴史ブログ

生徒の成績を最大30点上げた経験があるので、【完全返金保証】。「授業が分からない」「過去問の解説が分からない」あなたでも歴史の知識を積み上げ、「授業が分かる」「過去問が解ける」あなたに。講義は何度でも受け直すことができます。

必要な知識を確実に記憶する過去問の使い方

 こんにちは。

 「基礎歴史ブログ」運営者、しんです。

 私は、大学時代3年間一斉授業・個別指導授業を担当し、担当した生徒の成績を最大30点あげた実績があります。

 私は大学3年の時、1か月間ベルリン(ドイツ)にあるゲーテインスティテュートにドイツ語の語学研修に行った経験もあります。

受験対策を話している人

 あなたは、「過去問は、ただ傾向を知るために使っています」と思っていますか。

 あなたは、「過去問を解いた後、過去問の解説を読むだけしかしていません」と思っていますか。

 あなたが、「過去問は、ただ傾向を知るために使っています」「過去問を解いた後、過去問の解説を読むだけしかしていません」と思っている場合、あなたは、過去問を使い倒していません。

 あなたは、私に対し、「あなたが、何を言っているか分かりません」と思っていますよね。

 私が、あなたに過去問について伝えたいことを一言で言うと、過去問をGoogleの検索エンジンのようにすることが必要ということです。

 あなたは、Googleの検索エンジンを知っていますか。

 あなたは、「知りたいことを入力すると、知りたい情報が表示されるシステムですよね」と思っていますよね。

 Googleの検索エンジンは、知りたいことを入力すると、知りたい情報が表示されるシステムです。

 あなたは、志望校の入試本番に試験会場に持ち込みが許可されているものを理解できていますか。

基礎歴史ブログ3

 あなたが、志望校の入試本番に試験会場に持ち込みが許可されているものは、受験票・筆記用具・通信機能が付いていない時計だけではありません。

 あなたは、「受験票・筆記用具・通信機能が付いていない時計以外に持ち込めるものはありません」と思っていますよね。

 実は、あなたが、受験票・筆記用具・通信機能が付いていない時計以外に持ち込めるものが1つだけあります。

 あなたが、受験票・筆記用具・通信機能が付いていない時計以外に持ち込めるものは、入試本番までに鍛えられたあなたの頭の中にある検索エンジンです。

 あなたは、あなたの頭の中にある検索エンジンを鍛えるには、どのようにすれば良いのか考えたことはありますか。

 あなたは、「頭の中にある検索エンジンを鍛えることを考えたこともありません」と思っていますよね。

 あなたの頭の中にある検索エンジンを鍛える方法は、情報を1元化することです。

 情報を1元化するとは、あなたが問題を解き、分からなかったことがあった場合、戻れる1冊の参考書・テキストを作っておくことです。

 あなたが、問題を解き、分からなかったことがあった場合、戻れる1冊の参考書・テキストを作っておくことで、問題を解いている時、「参考書・テキストの●ページ何行目辺りに書いてあった」と思い出しながら、落ち着いて問題を解くことができます。

 あなたは、「過去問では、どのようにすれば良いんですか」と思っていますよね。

受験対策をしている人

 過去問では、3つのことをします。

 1つ目は、問題に正解したが、正解の理由を説明できない問題・正解できなかった問題の問題の横に該当箇所の参考書・テキストの●ページ何行目と書き込むことです。

 2つ目は、該当箇所の参考書・テキストの●ページ何行目に線を引くことです。

 3つ目は、線を引いた参考書・テキストを少しでも時間がある時、目を通すようにすることです。

 あなたは、「英文読解問題・国語は、参考書・テキストに書き込むことができませんよね」と思っていますよね。

 英文読解問題・国語も参考書・テキストに書き込むことができます。

 例えば、英文読解問題を考えて下さい。

 英文読解問題は、主に2つに分けることができます。

 1つは、文法の知識がないことが原因で解けなかった問題。

 もう1つは、本文の内容を押さえることができてなかったことが原因で解けなかった問題です。

 文法の知識がないことが原因で解けなかった問題については、文法の該当箇所の参考書・テキストに書き込みます。

 本文の内容を押さえることができてなかったことが原因で解けなかった問題については、読解力の該当箇所の参考書・テキストに書き込みます。

 国語も英文読解問題と同じように該当箇所の参考書・テキストに書き込みます。

 あなたは、過去問に該当箇所の参考書・テキストに書き込むことで、必要な知識を確実に記憶することができます。

 あなたが、必要な知識を確実に記憶することで、鍛えられたあなたの頭の中にある検索エンジンを志望校の入試本番に試験会場に持ち込むことができます。

基礎歴史ブログ1

【基礎日本史講座:79講】安土桃山時代の制度を押さえる

 こんにちは。

 「基礎歴史ブログ」運営者、しんです。

 私は、大学時代3年間一斉授業・個別指導授業を担当し、担当した生徒の成績を最大30点あげた実績があります。

 私は大学3年の時、1か月間ベルリン(ドイツ)にあるゲーテインスティテュートにドイツ語の語学研修に行った経験もあります。

 今回は、「安土桃山時代の制度を押さえる」について話して行きます。

基礎歴史ブログ4

授業をしている講師「前回は、戦国時代の制度を押さえるについて話しました。戦国時代の制度は、何があったかな

授業を受けている生徒「戦国時代の制度は、3つあった。1つ目は、1556年、領国支配の基本法の分国法(家法)。2つ目は、家臣相互の紛争を自分たちの実力による喧嘩で解決することを禁止した。また全ての紛争を大名による裁判に委ねさせ、領国の平和を実現することにした喧嘩両成敗法。3つ目は、1576年、織田信長は、商工業者に自由な営業活動を認める楽市令

授業をしている講師「そうだよね。例えば、1576年、織田信長は、商工業者に自由な営業活動を認める1⃣を出した。1⃣を出した結果、織田信長の独裁的な政治手法は、様々な不満を生んだ。様々な不満を生んだ結果、1582年、織田信長は、毛利氏征討の途中、滞在した京都の本能寺で配下2⃣に背かれ、敗死した。1⃣から2⃣を埋めなさい。下線部の出来事のことを何と言うか答えなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「1576年、織田信長は、商工業者に自由な営業活動を認める楽市令を出した。なので、1⃣は、楽市令。楽市令を出した結果、1582年、織田信長が、毛利氏征討の途中、滞在した京都の本能寺で敗死したことを本能寺の変と言う。本能寺の変は、明智光秀が織田信長に背いた出来事。なので、2⃣は、明智光秀。下線部は、本能寺の変。正解は、1⃣は、楽市令・2⃣は、明智光秀・下線部は、本能寺の変かな



授業をしている講師「正解。今回は、安土桃山時代の制度を押さえるについて話します。安土桃山時代の制度は、何か分かるかな

授業を受けている生徒「安土桃山時代の制度は、3つある。1つ目は、1587年、豊臣秀吉が、宣教師の国外追放を命じたバテレン(宣教師)追放令。2つ目は、1588年、豊臣秀吉が、一揆を防止し、農民を農業に専念させるために出した刀狩令。3つ目は、1590年、豊臣秀吉が、武家奉公(兵)が町人・百姓になること、百姓が商人・職人になることを禁じた人掃令(身分統制令)

授業をしている講師「残念ながら、安土桃山時代の制度は、バテレン(宣教師)追放令・刀狩令・人掃令(身分統制令)だけはない。バテレン(宣教師)追放令・刀狩令・人掃令(身分統制令)以外に1つある。バテレン(宣教師)追放令・刀狩令・人掃令(身分統制令)以外の1つは、1588年、豊臣秀吉が、倭寇などの海賊行為を禁止した海賊取締令

授業を受けている生徒「なるほど」

授業をしている講師人掃令(身分統制令)の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「人掃令(身分統制令)の結果、諸身分が確定し、兵農分離が完成した

授業をしている講師「そうだよね。例えば、1590年、豊臣秀吉は、人掃令(身分統制令)を出し、武家奉公(兵)が町人・百姓になることだけを禁じた。人掃令(身分統制令)が、武家奉公(兵)に対して以外に禁じたことがある場合には、禁じた内容を簡単に説明しなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「1590年、豊臣秀吉は、人掃令(身分統制令)を出し、武家奉公(兵)が町人・百姓になること、百姓が商人・職人になることを禁じた。なので、正解は、誤・豊臣秀吉は、人掃令(身分統制令)を出し、武家奉公(兵)が町人・百姓になること、百姓が商人・職人になることを禁じたかな

授業をしている講師「そうだよね。安土桃山時代始まりと終わりは、いつからいつまでだったかな

授業を受けている生徒「安土桃山時代始まりと終わりは、1568年~1600年



授業をしている講師「そうだよね。安土桃山時代と重なっている時代は、何時代だったかな

授業を受けている生徒「安土桃山時代と重なっている時代は、室町時代・戦国時代」

授業をしている講師「正解。今回は、安土桃山時代の制度を押さえるについて話しました。次回は、江戸時代の制度を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<安土桃山時代の制度について>
バテレン(宣教師)追放令→1587年、豊臣秀吉が、宣教師の国外追放を命じた

刀狩令→1588年、豊臣秀吉が、一揆を防止し、農民を農業に専念させるために出した

海賊取締令→1588年、豊臣秀吉が、倭寇などの海賊行為を禁止した

人掃令(身分統制令)→1590年、豊臣秀吉が、武家奉公(兵)が町人・百姓になること、百姓が商人・職人になることを禁じた
諸身分が確定し、兵農分離が完成した

基礎歴史ブログ3

【基礎日本史講座:78講】戦国時代の制度を押さえる

 こんにちは。

 「基礎歴史ブログ」運営者、しんです。

 私は、大学時代3年間一斉授業・個別指導授業を担当し、担当した生徒の成績を最大30点あげた実績があります。

 私は大学3年の時、1か月間ベルリン(ドイツ)にあるゲーテインスティテュートにドイツ語の語学研修に行った経験もあります。

 今回は、「戦国時代の制度を押さえる」について話して行きます。

基礎歴史ブログ4

授業をしている講師「前回は、室町時代の制度を押さえるについて話しました。室町時代の制度は、何があったかな

授業を受けている生徒「室町時代の制度は、1500年、幕府が、日本私鋳銭以外の銭の請取り拒否を禁止した撰銭令

授業をしている講師「そうだよね。例えば、1500年、幕府が、日本私鋳銭以外の銭の請取り拒否を禁止した撰銭令を出したと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「撰銭令は、1500年、幕府が、日本私鋳銭以外の銭の請取り拒否を禁止するために出した。なので、正解は、



授業をしている講師「正解。今回は、戦国時代の制度を押さえるについて話します。戦国時代の制度は、何か分かるかな

授業を受けている生徒「戦国時代の制度は、3つある。1つ目は、1556年、領国支配の基本法の分国法(家法)。2つ目は、家臣相互の紛争を自分たちの実力による喧嘩で解決することを禁止した。また全ての紛争を大名による裁判に委ねさせ、領国の平和を実現することにした喧嘩両成敗法。3つ目は、1576年、織田信長は、商工業者に自由な営業活動を認める楽市令

授業をしている講師「そうだよね。楽市令の結果、どうなったかな

授業を受けている生徒「楽市令の結果、本能寺の変が起こった



授業をしている講師「そうだよね。例えば、鎌倉幕府3代執権北条泰時は、1232年、1⃣以来の先例・道理と呼ばれた武士社会での慣習・道徳に基づいて、2⃣・3⃣の任務と権限を定めた。2⃣・3⃣の任務と権限を定めたことで、御家人同士や御家人と荘園領主との間の紛争を公平に裁く基準を明らかにした武家の最初の法典4⃣を出された。時代が変わり、戦国時代、家臣相互の紛争を自分たちの実力による喧嘩で解決することを禁止し、全ての紛争を5⃣による裁判に委ねさせ、領国の平和を実現することにした6⃣が出された。1⃣から6⃣を埋めなさいと問題が出題されたとする。正解は、どうかな

授業を受けている生徒「鎌倉幕府3代執権北条泰時が、1232年に出した武家の最初の法典は、御成敗式目(貞永式目)51ヵ条。御成敗式目(貞永式目)51ヵ条は、源頼朝以来の先例・道理と呼ばれた武士社会での慣習・道徳に基づいて、守護・地頭の任務と権限を定めた。守護・地頭の任務と権限を定めたことで、御家人同士や御家人と荘園領主との間の紛争を公平に裁く基準を明らかにした。なので、1⃣は、源頼朝。2⃣は、守護。3⃣は、地頭。4⃣は、御成敗式目(貞永式目)51ヵ条。戦国時代、家臣相互の紛争を自分たちの実力による喧嘩で解決することを禁止し、全ての紛争を裁判に委ねさせ、領国の平和を実現することにしたのは、喧嘩両成敗法。喧嘩両成敗法は、大名による裁判に委ねることを定めた。なので、5⃣は、大名。6⃣は、喧嘩両成敗法。なので、正解は、1⃣は、源頼朝・2⃣は、守護・3⃣は、地頭・4⃣は、御成敗式目(貞永式目)51ヵ条・5⃣は、大名・6⃣は、喧嘩両成敗法かな



授業をしている講師「そうだよね。戦国時代の始まりと終わりは、何年だったかな

授業を受けている生徒「戦国時代の始まりと終わりは、1467年~1615年



授業をしている講師「そうだよね。戦国時代は、2つの時代と重なっていたよね。戦国時代は、何時代と重なっていたかな

授業を受けている生徒「戦国時代は、室町時代・安土桃山時代と重なっていた

授業をしている講師「正解。今回は、戦国時代の制度を押さえるについて話しました。次回は、安土桃山時代の制度を押さえるについて話します。お疲れ様でした」

授業を受けている生徒「はい。お疲れ様でした」

●まとめ
<戦国時代の制度について>
分国法(家法)→1556年、領国支配の基本法

喧嘩両成敗法→家臣相互の紛争を自分たちの実力による喧嘩で解決することを禁止した。また全ての紛争を大名による裁判に委ねさせ、領国の平和を実現することにした

楽市令→1576年、織田信長は、商工業者に自由な営業活動を認める
本能寺の変が起こった

基礎歴史ブログ3